「先生がいないと勉強ができない」では、いけない。
私は塾で個別指導の授業を担当しているのだが、授業の際に生徒にこうなってほしいというある思いを抱きながら仕事をしている。
それは「先生がいなくてもある程度は自分で勉強ができるようになってほしい」という思いだ。
なぜこのように考えるのか。
それは生徒自身に、自分である程度、自分の人生の舵を切れるようになってほしいと感じるからである。
私の好きな言葉に、勉強をする理由は何だろうか、という問いに向けて答えたものがある。
学問は、誰かに支配されるためにするものではない。誰にも支配されないためにするものなのだ。
具体的にはどういったことをしているのか。
例えば、私は必ず自分の主張については、それを補強する他者の文献を示すことを心掛けている。仮に私という教師がいなくても、良質な参考書などを拠り所にして、自分である程度まで勉強出来るようになってほしいと願っているからである。
勉強は、ある程度までは自分でするものだと私は思っています。
また、教育者の仕事の一つは、その段階に到達するまで生徒・学生を支援することであると思っています。